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童貞というものに・・・

前回までのあらすじ

天界からも危険視されていた背店神楽山田の大君は、天帝から官職を賜り喜んだ。

しかし、内実は職務なんてない実のない官職であり、暇をもてあまして毎日を過ごすだけの日々。

ある日、あんまり暇だったので、天界の桃園 酒池肉林公園へと赴くと、そこでは うすくちのしょうゆ 美しい娼婦たちがいて、宴会が催されるというので、

そこで美酒・美女を喰いまくり、さらに天帝だけに召しだされるという「金のだからたま」を両頬をいっぱいに膨らませて頬張り、天界を抜け出した。

そして地上で戻り、「金のだからたま」を股間にぶらさげた背店神楽山田の大君は、さらに手に負えない厄介者となっていった。

背店神楽山田の大君 - Wikihediaより


ある時期から、だれとも付き合うことも無く、いまも知り合いしかいないということ。

それは、上っ面以外の、深い意味では、他人の中にも記憶に残っていない人間であるということ。

背店神楽山田の大君は、多少は大きくなって、まわりのひとからは、それなりの人間だと思われるような感じでしょうが、じつは幽霊のような人間です。


ほんとうは、親以外のだれの記憶の中にも、深く存在していないのです。

生きていながら、幽霊なのでしょう。



そもそも生きているけど幽霊のうえに、他人との付き合いがないのですから、彼女を作ることもありません。

風俗に行きたくても、行きかたが分からないし、恥をかきたくもないし、失敗もしたくなりから、行く事にはなりません。


飯を食ってクソして寝る 自分がモテる妄想を抱いて、その世界で満足しながら明日も、飯を食ってクソして寝る。

そんな過去と現在と未来を過ごしているうちに、自分が半世紀をすごしてしまったことを、年齢が教えてくれました。

このまま終わるのか・このまま死ぬのか・・・そんなことだけが頭に浮かんできます。


ただ、だれかを好きになりたいとか、付き合いたいとかいうわけではありません。

それは鬱陶しいことです。

だからといってヤレればいいのだというわけでもありません。

それは、心が寂しいのです。


なんと邪魔クサイ生き物になってしまったのか?

自分を引いて見たら、そんなふうに思えてしまう。

でも、それが自分なのです。


仕方ない だから終わりで良い訳ではない。

なにかをしなかればならないが、やりたくもないことはしたくない。

面倒クサイだけの生き物。


山田の大君は、そう思いながら過ごしているのです。


童貞というもの。
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